徒然技術日記

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「質とスピード」と SHIROBAKO

この記事は SHIROBAKO Advent Calendar 2021 の22日目です.

SHIROBAKO 7話で原画がなかなか仕上げられずに悩んでいる絵麻に対して,杉江さんは次のように声をかけます.

絵麻「うまくなれば速く描けるようになるんじゃないんですか?」

杉江「速く描くにはうまくなる.うまく描くにはいっぱい描く.いっぱい描くには速く描く.技術とスピードは実は全く別の問題でね」

これを聞いて,杉江さんの「技術とスピード」という言葉は IT 業界でよく話題に挙がる「質とスピード」の関係と似ていそうだと気が付きました.

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ソフトウェア開発の現場では「品質とスピードはトレードオフの関係にある」という考え方,すなわち品質を高めようとすれば開発に時間がかかり,品質を犠牲にすれば短時間でソフトウェアを完成させられるという考え方がよく信じられています.

しかし,実際には品質(特に保守性)が高ければスピードは上がり,スピードが速ければ仮説検証サイクルが多く回せるのでプロダクトの質が高まるという関係になっていること,そしてこの二つと真にトレードオフになっているのは教育であるということが事例研究や経験によって明らかになっています.

つまり,人材育成や技術調査といった「未来への投資」を行うかどうかが,品質 および スピードに影響するということです.


数年前に,教育コストを削減するためにジュニアエンジニアを採用せず,経験者(シニアエンジニア)だけでチームを構成しようとしている会社は次第にエンジニア組織が弱っていき,開発速度もソフトウェアの品質も上がらなくなるという話が話題になりました.これもまさに,教育と「品質およびスピード」がトレードオフの関係であることを示す好例といえるでしょう.

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さて,SHIROBAKO の話に戻ると,冒頭の杉江さんの言葉を聞いた絵麻は,まさに質とスピードをトレードオフと捉え,質を犠牲にすることで速度を出そうとします.その結果,瀬川さんから「描き急いでいるせいで,全部の線がなんとなくでとりあえず」(7話) になっていると指摘され,全カットリテイクになってしまいました.

そのあとも丁寧さとスピードの狭間で悩み続ける絵麻でしたが,見かねた井口さんから「『まなぶ』って言うのは『まねぶ』っていうじゃん?みんな最初は誰かの真似.おんなしおんなし」 (8話) と周りのうまい人の技術を吸収して経験を増やすことの大切さをアドバイスされ,原画完成への希望が湧いてくるのでした.

なお,杉江さんも「技術とスピード」の話のときに「周りにうってつけの手本がいる.小笠原さんや井口さん,彼女らも安原さんと同じ壁を乗り越えてきたのだから,相談にのってもらえればいい」(7話) と先輩から技術を学ぶことを提案しています(残念ながらこのときの絵麻には響きませんでしたが).

作中で絵麻は優しい先輩からアドバイスと「秘密の並木道」を教えてもらって復活し,最終的に劇場版では作画監督を務めるまでになりました.しかし,これが能力・経験至上主義の現場であれば首を切られてしまい,絵麻個人としても武蔵野アニメーションという組織としても成長の機会を失ってしまっていたことでしょう.

SHIROBAKO のこのエピソードは,原画担当になったばかりの絵麻といういわばジュニアエンジニアのような立ち位置のメンバーに対して,組織として教育に投資をすることが重要だということを示唆しているように思います.

先行研究

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